新型三行り半
江戸時代、原則的に妻の側から離縁を申し出ることはできなかった。妻が離縁したくなったら、縁切寺に駆け込み、夫の離縁状を請求してもらうしかない。この夫の離縁状は三行り半で書かれることが多かったという。三行り半は本来、夫の側の一方的な離婚確認文書であった。
今年の冬は寒さが厳しい。インフルエンザの猛威もとどまるところを知らない。新型インフルエンザの恐怖が取りざたされる中、インフルエンザ予防接種を受ける人も増えているという。予防接種で利用されるワクチンは予防しようとしているウィルスそのものから精製される。不活性化したウィルス粒子を体内に接種することで感染防衛免疫を誘導させるのである。
マクガイアー McGuire,W.J.という心理学者は、この予防接種のアナロジーを心理学的現象に援用し、接種理論(inculation theory)を提唱した。我々は「宇宙生物などいない」ということを、いわば「自明の理」として生活している。いないとわかっている宇宙生物についてわざわざ深く考えたりなどしない。宇宙生物に関する免疫など持ち合わせていないのである。そんなとき、なんだか妙に説得力のある語り口の中年男性に「宇宙生物に肉を削がれてしまうぞ」などと切々と論理的に宇宙生物の恐怖について語られたらどうだろう。免疫を持っていない分、たちまちに宇宙生物ウィルスに感染してしまうかもしれない。こうして11人の女性達は宇宙生物病ともいえる難病治療のため一夫多妻の療養生活に入ったものと思われる。このように通常反論の余地がないと思われる自明の理を真っ向から切り崩す反論に突然出くわすと、人間は容易に反論の方向へ説得させられてしまう。こうした反論に説得されず抵抗するためには日常的に微弱な反論をワクチンとして接種することが大切である。この現象を説明したのが接種理論だ。
2003年から2005年まで3年連続で熟年離婚件数が減少しているという。年金法改正のタイミングを虎視眈々と狙う「もう一つの2007年問題」ともささやかれる中、そのとき熟年妻たちは、現代女性版一方的離婚確認文書三行り半をどのように突きつけるのか。熟年離婚に関するニュースやドラマというワクチンを多量に接種した夫たちの感染防衛免疫の力も相当なものと思われる。夫たちにとって「一緒のお墓に入ること」はもはや自明の理ではなくなった。妻たちの三行り半にも新型ウィルスへの進化が試されている。
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