栄光の真贋
戦国時代、足軽などの下流武士たちは兜を被ることを許されなかった。戦場で最初に矢面に立たされるのは彼ら下流武士である。そんな彼らが被るのは矢や鉄砲を防ぐことができない陣笠であった。それでも彼らは、陣笠を着ることに大きな誇りを感じていた。なぜか。陣笠には主君のご威光の象徴である紋所が刻まれていたためである。
大きな期待を寄せられながらも不調に甘んじていたオリンピック日本勢に新たな光をもたらしてくれたのは、不屈の精神であった。かつて引退も覚悟していたという彼女の晴れ舞台は、誰から見ても眩しかった。日本スケート連盟のエリート人材育成の功績を称える声も多いが、それとて本人の地道な努力抜きには成立し得ない。まずは、彼女の不屈の努力を称えたい。
我々は、遠い親族や友人の友人、母校の卒業生などに著名人がいると、しきりにその人との関係をひけらかし自慢げに語る人をしばしば見かける。またときには自らがそのような行動をとることもある。社会や集団から高い評価を得ている他者との関係性を強調することで、自己への高い評価に結び付けようとするこうした現象を、社会心理学者シアルディニ Cialdini,R.B.らは、栄光浴(basking in reflected glory; BIRG)と呼んだ。栄光浴は、他者の自己に対する印象を意図的に操作する自己呈示(self-presentation)の一種である。とりわけ、自己評価や他者評価が不安定、不明瞭であるとき、栄光浴という自己呈示方略が採用されやすくなることが知られている。相手が自分のことを好意的に思っているかよくわからないとき、人はしばしば有名人のご威光にあやかろうとするのである。
昨年8月の広島6区。守旧派のボス亀井静香氏への対抗馬に注目が集まった。自民党執行部にとってこの広島6区での勝算はきわめて不明瞭だった。そんな自民党の利害と、時価総額世界一を目指すライブドア前社長堀江氏との利害とが、栄光浴という名の下に一致したのはいわば必然といえよう。自民党は自らの兜を脱いでまでライブドアの紋所入りの陣笠を被らなければならない理由があの夏の広島にはあったのである。
今後しばらくは、フィギアスケート界初の日本人金メダリストのご威光にあやかる人も多いだろうが、そこには小手先の錬金術には成し得ない本物の栄光が確かに存在する。本物の栄光に支えられてこそ、矢面に立つ覚悟と勇気と誇りが、我々の内にみなぎるというものであろう。
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